高島までは座席に座って来たが、今度はよく見えるように船上に立った。
波が高い。揺れる揺れる。
軍艦島見えて来た。


船はぐるりと一周を始める。
見えてる建物や景色について、ガイドの説明を聞きながら。


木や草などの緑が見えるが、ここ10年くらいで鳥が落とした実や種で生えて来た草木だという。
「緑なき島」という映画にもなったくらいだから、以前は緑は全くなかった。
確かにドラマでも緑がなく、朝子(杉咲花)たちが、学校の屋上で屋上緑化を始めた話があった。(実話。資料館に写真があった)
もと島民がしばらくぶりに訪れると緑があることにみんな驚くという。

そしてたぶんこの角度だったと思うが、「ここです。ここが一番軍艦ぽく見える角度です。ここ写真や動画におさめてください」
と言われたその場所は、いっちばん波が高く、船は大揺れに揺れ立っていられないほどで、水しぶきをザバーンと何度か浴びながら、どこぞの遊園地のアトラクションくらいの迫力はあった。
かなり怖かった。
キャーという叫びも上がる中、私は手すりに両手でつかまりしゃがみこんだ。
しゃがみながらも片手で写真と動画と撮るのも命がけ。(決死の一枚)
確かにこれは軍艦だ。

写真でも波が高いのが分かる。
知床の事故以来、船を出すのも上陸するのも基準が厳しくなってるとのこと。
手すりに必死につかまり揺られながら、こりゃあ上陸できないかもなと思う。
ライフジャケット着てないけど、落ちたらどうしよう・・・「救命具」と書いてある収納箱を見つけ、ジャケットはあそこだ、と確認をした。
子供だけはライフジャケット着ていた。


上陸できないかもと思っていたら、船は上手に接岸した。
特にアナウンスもなかったが「やったー」と観客たちが喜んでいるのが分かる。
ラッキー。よかった〜
最後の20分で波が収まって基準値をクリアしたようだ。

この石垣がすごい、とつぶやいていたらガイドの男性が石は熊本県天草の石だと教えてくれた。
アマカワといって石灰と粘土を混ぜたものが接着剤になっているそうだ。
肥後の石垣の技術は有名で、熊本の石工たちの技術が支えたものだ。



この階段を見てください、とガイドによる説明。
この階段を上り、この場所から炭鉱夫たちは身体検査を受け、地下に降りて行ったのだという。
帰りもやはりこの階段を通って帰るため、階段は炭の色で真っ黒になっているのが分かる。
階段を上って行ったが、帰ってこなかった人たちもおおぜいいて、確か263人と言ったかな?
ガイドの男性の話があまりにもうまいので涙が出そうになった。
後ろにいた女性も「ガイドさん話うますぎ。泣きそうになった」と言ったので「ですよね。私も」と共感しあう。




見学用通路のいちばん奥から見える景色がこれ。
真ん中の6階建てマンションが、日本最古の鉄筋コンクリートマンションといわれる建物。
東京よりも先に1916年(大正5年)に建てられた鉄筋マンション。
何年か前にガラガラと天井が崩れ落ち、危険な状態になっているそうで、確かにもらったパンフレットの写真よりも崩れ落ちの廃墟っぷりが進行している。
ツアーに参加していた方が、「廃墟の状態が危険なので、もうすぐ上陸できなくなると聞き慌ててきました」と話されていた。
そうなの??それは知らなかった。
軍艦島クルーズ、かなりおもしろかった。
上陸できたのもラッキーだったし、上陸してからの景色は迫力があり圧巻だった。
実際に廃墟を目の前にすると、ドラマの記憶も手伝って当時の人々の暮らしや歴史に思いがいたる。
ガイドの説明もすばらしい。
ガイドさんネタでもうひとつ、「海に眠るダイヤモンド」に出演していた池田エライザさんはお父さんが高島の出身でおじいさんが炭鉱夫だったそうだ。
行きたいなら上陸できなくなる前に早い方がいいかも。
だがしかし上陸できる確率は、天気次第、70%だそうだ。